お知らせ

今年も残すところあとわずか

更新日:2006年12月30日

早いもので、2006年も残すところあと2日になってしまいました。
旭川障害者スポーツ振興支援会を立ち上げてから
ようやく一年が過ぎたところですが、今年も色々な場面で
障がい者スポーツ選手たちと触れ合う事ができました。

障がい者と言っても、それぞれの障がいのレベルは様々で
身体的な障がいを持っている人もいれば、知的な障がいをもっている人もいて
寝たきりの人から健常者とほとんど変わらない生活ができる人までいます。

ある人が言っていました、
「健常者と障がい者に分けてて考えるのではなく障がいは、その人の個性と考えて接するべきだ。
例えば、身長が高い人、低い人と同じように、両足のある人、片足のだけの人など、、
彼ら・彼女らも同じ人間であり、同じ時代にこの地球に生まれ・育っている仲間であり
そこに障がいという壁を作る必要はない」

正直なところ、この会に携わるまでは障がいをもった人たちと接する機会はほとんどなく
この会の活動をとおして、色々な人たちに出会い、話をさせて頂きました。

今でも印象に残っているのは、車いすテニスプレーヤーの上野実穂選手に初めて会った時ですね。
私が所属しているNPO法人で、募金活動をすることになったときに、
旭川在住の障がい者スポーツ選手たちと一緒になって彼ら・彼女らのための
募金活動をしようということになり、その打ち合わせの際に初めて上野選手に会いました。

打ち合わせ会場が、僕の勤めている会社の喫茶店の会議室だったのですが、
この施設はまったくバリアフリーなど意識しないで作られたものなので、
車いすで登場した彼女にとっては、とても使いづらいところだったと思います。

なにぶん、僕を含めその場所にいた他の仲間たちも
車いすを利用する人たちと身近に接することの無かったため
ちょっとした段差でも大丈夫かと気にしたりして
彼女の周りを大人が何人も囲んでどうしたらいいのかおろおろしてました。

しかし、上野選手はそんな大人たちの心配をよそに
スイスイと会議室まで入ってきて、帰りもスイスイとでて行きました。
特に出入り口の3段程度の階段の部分では、彼女ごと車いすを持ち上げようとしましたが
それを拒否して、自分の力で車いすで降りていきました。

そのときに、別に車いすに乗っているからといって、
こちらが色々と手助けする必要は無いんだと感じました。

というよりも、上野選手たちは周りから過度に心配されることが実は嫌なことで
みんなと同じ目線で接してくれることが一番いいことだと言っていました。

まだまだ、日本は健常者と障がい者でわけて考える場面が多いように感じますが、
街の中を健常者と障がい者が一緒に歩き、笑い、楽しめるような環境を
ここ旭川に築くことができればと、この会の活動を通して想うようになりました。

この会の活動が様々な場面へ普及して、僕たちの住んでいる旭川が
障がい者と健常者が共存できる場所であり、障がいをもった人たちが、
「あそこに行けば何とかなる」と思ってもらえる様な街になることを夢見ながら
これからも活動していきたいと思ってます。

カテゴリ:事務局長日記  |  トラックバック(0)

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